2009年02月14日

ロジカルに考えると同じ結論にたどり着く話

ホンマに遅ればせながらの田母神問題・・・・・・

五百籏頭 真(いおきべ まこと)・・・日本国、防衛大学校長。
朱 成虎(Zhu Chenghu)・・・中華人民共和国、国防大学防務学院長。

両者は似たような役職に在ります。違いといえば朱成虎防務学院長は空軍少将の身分を持っているのに対し、五百籏頭校長は元は神戸大学の教授で、防衛大学校長へは招かれて就任しており、将官の地位は無く防衛省職員(自衛隊員)という扱いです。また防務学院とは中国人民解放軍国防大学の内部部局の一つです。防務学院長は国防大学の中の一つの学部長という役職です。今回は田母神論文騒動について、五百籏頭校長と朱成虎学院長の例を紹介します。
(中略)
そして『この扱いの差は一体何なのでしょうか』という投げ掛けについても、空幕長と防大校長では身分も立ち居地も違う、という事が言える筈です。防衛大学校は士官養成学校であると同時に学問と研究の場でもある為、学者の主張は学問の自由の範囲である程度容認されます。一般国立大学の教授が幾ら政府方針に反する主張を唱えても解任されたりはしません。防衛大学校はそれより制約はありますが、研究の名目で政府方針と異なる見解を述べる事は可能です。ですから仮に防衛大学校長が学者として一つの戦略論として「イラク派遣をすべきではない理由」という論文を出しても許容される可能性はありますし、田母神論文も防衛大学校の学者として出した論文であるならば、許容されていた可能性はあります。ただ逆に「こんなものは論文とは認められない」と、政府方針云々以前の次元で、学術的要素の問題で学者としての資質が問われてクビにされる可能性は高まりますが。
(五百籏頭真・防衛大学校長と朱成虎・国防大学防務学院長の場合 : 週刊オブイェクト)
(下線部は引用者による)

一方・・・

田母神・元空幕長が更迭・定年退職した事例について、「五百旗頭真防衛大学長も、政府の方針や見解に反した論文や発言をあちこちで発表している。そちらにお咎め無しなのは二重基準、矛盾ではないか」という主張がある旨、Gryphon氏にコメント欄でご教示いただいた。だいぶ時宜を失していると思うが一応この点について検討しておく。
配置転換と職務 - おおやにき

と上の記事でも読んで頂くと分かるが、やはり先に引用させて頂いた週刊オブイェクトの意見と同じく(と言うかそれにプラスして)、

・武官と学者の違いがあり、学者であるならば「学問の自由の範囲内」で発言が許容される
・一方武官は、あくまで大臣に仕える身であり

最低限対外的には大臣との一体性を保つことが求められているし、対内的に・大臣との関係でどの程度の異論の持ち方やその伝え方が許容されるかというのは大臣との信頼関係に依存する部分があろう。

とあるように場合によっては更迭されてもやむなしであること
・と言うかそもそも田母神氏のケースでは、あくまで配置転換→定年退官であって「お咎め」ではないこと。

とまとめることができるだろう。乱暴ですけど。ロジカルに考えると「週刊オブイェクト」も「おおやにき」も結局同じ考えにたどり着いちゃうんですね。で、

上で述べた通り職務内容との関係を考えると防大校長の発言の自由を保護する必要性は導けても、信頼関係破綻を根拠とする幕僚長更迭はむしろ当然と言うよりない。結局のところ、このあたりの自覚がないからああいうことやっちゃうんだろうけどねで終わる話だと、そう思うわけである。
配置転換と職務 - おおやにき

の部分にクスッとしましたよ。

posted by やすゆき at 19:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治面 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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